2012年07月18日
【家康くん日記】家康くん講座22(家康ゆかりの地、伝説編)
今日の「第22回目」は、「家康の散歩道」の一つを紹介するのじゃ!
そなたは知っておるかな?
「東照宮」じゃ!(引間古城址)
東照宮は、明治19年旧幕臣井上延陵の発起によって創建された。
御影石づくりの社号碑から北にのびる参道を100mほど行くと、石の鳥居があり、その横に「曳馬城跡」(引間城址)と刻まれた史跡碑があるのじゃ。
鳥居をくぐり、石のきざはしを登った正面に拝殿、その背後に本殿がある。
社殿の扉や屋根には三つ葉葵の紋所が見られ、徳川家康公を祭神としているお社であることを表しているのじゃ。




引間城はいつ頃、誰によって構築されたかは不明であるが、室町時代に吉良氏の家来によって築かれたという記録があるのじゃ。
永禄11年(1568)三河から遠江に入った家康公は今川方の拠点であった引間城を攻め入城。その後、城地を拡大して浜松城を構築したのじゃ。
引間城の跡には米蔵10数棟が建てられたのじゃ。 (家康の散歩道 資料より)
どうじゃ、知っておったか?
今日はこれにてご免!
次回を楽しみにしているのじゃ!
そなたは知っておるかな?
「東照宮」じゃ!(引間古城址)
東照宮は、明治19年旧幕臣井上延陵の発起によって創建された。
御影石づくりの社号碑から北にのびる参道を100mほど行くと、石の鳥居があり、その横に「曳馬城跡」(引間城址)と刻まれた史跡碑があるのじゃ。
鳥居をくぐり、石のきざはしを登った正面に拝殿、その背後に本殿がある。
社殿の扉や屋根には三つ葉葵の紋所が見られ、徳川家康公を祭神としているお社であることを表しているのじゃ。
引間城はいつ頃、誰によって構築されたかは不明であるが、室町時代に吉良氏の家来によって築かれたという記録があるのじゃ。
永禄11年(1568)三河から遠江に入った家康公は今川方の拠点であった引間城を攻め入城。その後、城地を拡大して浜松城を構築したのじゃ。
引間城の跡には米蔵10数棟が建てられたのじゃ。 (家康の散歩道 資料より)
どうじゃ、知っておったか?
今日はこれにてご免!
次回を楽しみにしているのじゃ!
Posted by 出世大名家康くん at 12:27│Comments(1)
│「出世大名 家康くん」日記
この記事へのコメント
まだ行ってみた事がないので是非行ってみます。
Posted by ササやん at 2012年07月18日 16:43
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